| 作者コメント: 福岡から大阪に出てきて、もう10年にもなってしまう。大阪に出てくるときは考えもしなかった・・・。
 母ちゃんが癌になった。しかも末期だ。余命は半年と宣告されたが、もって3ヶ月がいいほうだと後で聞いた。
 電話で聞く声はしっかりとしていた。
 とりあえず実家へ帰る。大丈夫そうだ・・・。
 母にはお茶の心得があった。僕が両親に勘当された時、それを解消する条件で入れられた禅寺とも親交を深めていた。
 だから、一期一会とはこういうことだと身をもって、凛として笑顔も絶やすことのない人だった。その笑顔に少し安心し、「遺影でも撮っておこうか。」という感じでこの写真は始まった。
  でも、「じゃあ、またね。」が最後になるかと覚悟して、でも、後ろ髪を引かれながら僕は大阪へ戻る・・・。この1年半それが続いた。
 現実は、甘くない。徐々にカメラを向ける笑顔が無理やりになっていく。頼むから頑張ってくれという願いは叶うのだろうか。
 どんなにしんどそうな時に、カメラを向ける僕に母は笑いかける。
 でも、日々を追うごとに、強気で弱気な母がレンズの前に露呈される。なんで、そんな母を記録しているのか、わからなくなる。
 多分、母も分かっていない。
 そのくせに、ここで撮ってとリクエストすらしてくる。
 なんだろう。
 別れ間際の写真は大抵いつも失敗する。後ろ髪を引かれながら
 また、僕は大阪へ戻る・・・。
 もう、来週は帰ってこなくていいよと母ちゃんは言う。 だけど、次の日曜も実家へ帰ろう。  ’07年8月2日現在、母は生きている。 それだけでいい。   □上野博和プロフィール 
| 1973年 | 生まれ |  
| 2002年 | 大阪芸術大学 芸術学部 写真学科卒業 |  
| 2005年 | 宝塚造形芸術大学社会人大学院 映像造形研究科 修士課程 修了 |  
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| 現在 | 学校法人 西沢学園 大阪コンピューター専門学校 フォトグラファー科 主任講師 |  
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| 主な個展 | 放蕩息子のため息/ギャラリーアートグラフ(銀座) 2002年 その他、グループ展等多数
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| 主な受賞 | ミオ写真奨励賞2001 入選 中国延辺東北アジア国際大学生撮影作品公募展芸術部門第3位入賞(中国吉林省/中華人民共和国)
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